白馬岳6人遭難を考える

 5月4日、白馬山荘に到着しなかった北九州市の63〜78歳の6人のグループは、5日朝、三国境近くに倒れているのを別の登山
者に発見された。発見当初は、Tシャツに雨合羽等の報道もあり、冬山を甘く見た無謀登山かとも考えられたが、その後、ザックの中
に薄手のダウンジャケットなどがあり、ツェルトを使おうとした形跡もあったという。彼らの登山コースは、4日朝午前5時半に栂池ヒュ
ッテを出発して、乗鞍岳〜白馬大池〜小蓮華山〜三国境〜白馬岳を歩くコースだった。

 このコースは、白馬岳に載せているように2009年7月19日に歩こうとしたが、今回の遭難現場である小蓮華山の手前の白馬大
池近くの雷鳥坂で強風のために撤退した。今回遭難した5月4日は、私は白鳥山〜烏帽子岳に登っていた。当日の天気図を見ると
東シナ海に高気圧があり、関東近辺と能登近辺に低気圧がある完全な西高東低の冬型の気圧配置で、二つの低気圧の北上に伴い、
雨雲自体は比較的薄いが、まるで台風のように渦を巻いて北上している。等圧線の間隔は比較的狭く、場所によっては相当強い風
が吹いたと考えられる。報道によると山小屋出発当初は青空も見られたが、午後から天気が崩れ、雨から吹雪に変わったようである。

 遭難当初、新聞は遭難者の中にはキリマンジャロなど海外登山経験の豊富な人もいたと報じていた。海外登山経験が豊富というと
一般的には登山のプロのような感じを受けるかもしれないが、例えば、海外登山経験豊富な義父の海外登山とは、ヒマラヤだとポー
ターが荷物を持ってくれて、食事も作ってくれて、寝床も作ってくれるのである。自分で天候の判断をすることもなく、ただ高山病に注
意して歩くのみである。これでいくら歩いても日本の山の天候の変化やその対処法を学ぶことはできない。遭難者がどのような海外
登山を経験してきたか知らないが、マスコミのこのようないい加減な報道、即ち、海外登山経験者=高度な技術を持った登山者 的
なイメージを連想させる報道は慎むべきだと思う。

 今回の遭難で私が注目している点は、ザックの中に防寒具を入れたまま、着用することなく亡くなっていることである。これで思い出
すのは、1999年9月に羊蹄山で悪天候によりツアーからはぐれ、3人が頂上付近でビバークし、64歳と59歳の女性2人が凍死した
事故である。死亡した64歳女性は百名山の百座目だったと記憶している。さらにこの女性のザックにはセーターが着用されることなく
残されていたと記憶している。なぜ、今回の遭難といい、羊蹄山の事故といい防寒着を着用することなく凍死したのか。また、両事故に
共通するのは遭難者が比較的高齢であることである。

 私の例で言えば、60歳近くなってきて、確実に体の冷えに弱くなった。昔、沢に浸かって歩かざるを得ない幌尻岳に義父を誘ったら、
体の冷えに弱いので止めておくと言われて、その時、義父が何を言っているのか理解できなかったのであるが、最近、自分がそうなっ
てやっと分かるようになった。私は汗かきなので少し気温が上がると大汗をかいて、腰回りもズボンも汗で濡れるようになる。昔はそれ
で何ともなかったが、ここ数年は腹の周りが濡れた状態で体が冷えると、腹の具合が悪くなる。出発前に用を足しているにもかかわらず、
下痢をするのである。汚い話になったが、歳を取って確実に体の冷えに対する耐性は弱くなった。

 私は非常に臆病な性格なので、人を連れている時には特に用心をする。2009年夏の白馬岳では、小蓮華山を越えて稜線に出れば
地形的にさらに強風になるだろうと考えるし、そうなった場合にはどこに引き返すか、どこで風を避けるかを事前に考える。今回、遭難が
起きた4日に白馬大池から日帰りで白馬岳を目指した東京の10人のグループは、天候の悪化で三国境の先で引き返し、小蓮華山を10
分ほど下った場所で遭難した6人とすれ違ったという。時刻は13時半頃。全員が疲れた様子で、別の人のザックを担いでいる人もいた。
また、1人が「先生、どうしましょうか」と言うのを聞いたという。天候はすれ違って20分もしないうちに急変したというから14時頃からさら
に天候は悪化し、その状況を東京の男性は「風が強くて歩くのも困難になった。ひょうのようなものが降ってきて痛かった」と振り返ってい
る。東京のグループは天候が急変した14時前に引き返す決断をしているのであるから、小蓮華山を越えた三国境付近では既に相当の
強風が吹いていたのであろう。

 以上をまとめると小蓮華山付近では6名は次のような状況にあったと思われる。
 ・小蓮華山手前の13時半時点で少なくともメンバーの一人は荷物を担いで通常のスピードで歩けない程、疲労していた。
 ・ザックは最も重いもので約12kgとの報道及び装備内容から考えて、高齢者にしては重めの荷物を担いで、小蓮華山手前で既に
  歩行時間が8時間に及んでいた。

 ・小蓮華山手前で少なくともメンバーの一人は前進することに疑問を感じ、リーダーに伺いを立てていた。

 小蓮華山は白馬山荘と白馬大池山荘のほぼ中間、若干、白馬大池山荘寄りにある。小蓮華山手前でメンバーが既に荷物を担げない
という異常な状態にあるにもかかわらず、前進したことが今回の遭難の原因と考える。相当の寒さの中でも動いている間は、比較的薄着
でも大丈夫であるが、動きを止めた時には相当な防寒対策が必要であろう。特に雨に降られ、強風下で気温が氷点下に下がった場合、
吹きっ晒しでツェルトを持っていても何の役にも立たないであろう。これは過去の遭難事例が物語っている。

 高齢者は、悪天候でも若い時のように装備と技術で乗り切れると考えない方が良いと思う。装備を充実させれば、荷物の重量はそれな
りに重くなるのである。重くなれば疲労するのである。また肉体的に耐寒能力は劣っているのであるから、理屈で考えれば、高齢者は若
い時以上の防寒装備を担がなければならないことになる。これは悪循環である。だから高齢者は、悪天候時には早めに撤退する。これ
しかないと思う。

 今回の遭難を今後の教訓とするとともに亡くなられた方々には慎んでお悔み申し上げます。

(2012年5月20日 記)

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